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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(オ)1100号 判決 1958年7月01日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人牛島定の上告理由第一点について。

民法九六条にいう「強迫に因る意思表示」の要件たる強迫ないし畏怖については、明示若しくは暗黙に告知せられる害悪が客観的に重大なると軽微なるとを問わず、苟くもこれにより表意者において畏怖した事実があり且右畏怖の結果意思表示をしたという関係が主観的に存すれば足りるのであつて、原判決確定の事実からすれば、原審が本件につき強迫による意思表示の成立を認めたのは何等違法ではない。所論は、強迫の結果選択の自由を失わない限り強迫に因る意思表示ありといい難いとするものであるが、完全に意思の自由を失つた場合はむしろその意思表示は当然無効であり、民法九六条適用の余地はないのである。(論旨引用の大審院判例は事実関係を全く異にするが故に本件に適切でなく、また、論旨引用の高等裁判所判決の判旨は前述するところと相容れない範囲において是認するわけには行かない。)

なお、上告人は、福原が被上告会社代表者を殴打したのは、上告人らに対し本件売買予約の意思表示をなさしめる目的にいでたものではないから、強迫の故意を欠く旨主張するけれども、原審は本件意思表示を以て第三者たる右福原の強迫に因るものと判断しているのではなく、上告人らが原判示の事態下において右福原の暴行を制止して前記代表者を救済することをせずむしろこれに勢を得て事態を売買目的の達成に進展させたことは、上告人等自身右暴行の結果を維持利用する強迫行為をなしたものであり、その故意においても欠けるところがないと判断しているのである。従つて、この点に関する上告人の所論は、原判示を正解せざるにいでたものであつて、これまたとり得ない。

同第二点について。

強迫と意思表示との因果関係は主観的に存するを以て足りることは、論旨第一点について述べたとおりである。所論は、これと異る見解を前提とするものであつて、その前提において既に失当であるから、採るをえない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己)

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